ARTIST

第一線で活躍する写真家と
コラボできるチャンスです

会期中には写真家のトークショーや音楽が楽しめるイベントも開催予定です。
写真家と交流できる機会もありますのでぜひ作品をご応募ください。

GUEST

三村漢(みむらかん)

アートディレクター・装丁家。1978年横浜市生まれ。三村淳デザイン事務所を経て、2008年niwanoniwaデザイン&編集事務所設立。写真集や装丁、広告デザインや写真展構成、ブランドのアートディレクションなど。写真ディレクションを得意とし、企画から印刷、販売まで関わることで、残るデザインの作り方を提唱。主な作品に、星野道夫『星のような物語』、植田正治『小さい伝記』、清水哲朗『New Type』、中西敏貴『ORDINARY』など装丁・写真集多数。日本大学藝術学部写真学科講師・カロタイプ講師。アサヒカメラで連載中。
www.niwanoniwa.com

オサム・ジェームス・中川(オサム・ジェームス・ナカガワ)

1962年、米国ニューヨーク市生まれ。1993年、ヒューストン大学修士課程修了(写真学)。現在インディアナ大学・ルースH. ホールズ名誉教授、写真学科長。米国在住。 1980年代より本格的に写真制作を開始し、90年代より世界各地で数多くの個展・グループ展に参加。日本とアメリカという2つの国にまたがる自身のアイデンティティを踏まえ、様々な作品を制作、発表してきた。 主な個展に「ガマ・ケーブス」 (P.G.I.)、2014)、「沖縄 – ガマ/バンタ/リメインズ」(写大ギャラリー、2014)、「窓:1989-1999」(ヒューストン写真センター、2000)、「バンタ:沁みついた記憶」(佐喜眞美術館、銀座ニコンサロン他、2009−2010)など。2012年「アルル国際写真祭」においてディスカバリー・アワードのノミネートを受け個展。主なグループ展に「第一回東京国際写真ビエンナーレ」(東京都写真美術館、1995)、「コモン・グラウンド」(コーコラン美術館、2004)、「アフター・フォトショップ」(メトロポリタン美術館、2012)、「戦争/写真」(ヒューストン美術館他、2012)など。主な受賞歴に第一回東京国際写真ビエンナーレ第2位(1995)、グッゲンハイム奨学金(2009)、第26回東川賞新人賞(2010)、「フォトシティさがみはら2014」さがみはら写真賞など。 主な作品収蔵先に、メトロポリタン美術館、ジョージ・イーストマン・ハウス、コーコラン美術館、シカゴ現代写真美術館、ヒューストン美術館、クライスラー美術館、サウス・イースト・テキサス美術館、ネルソン・アトキンズ美術館、東京都写真美術館 、清里フォトアートミュージアム、佐喜眞美術館など。

鈴木光雄(すずきみつお)

写真家。レンブラント、フェルメールなど17世紀の画家に感銘を受け、油絵とデッサンを学ぶ。その後写真に興味を持ち、1988年東京写真専門学校(現東京ビジュアルアーツ)卒業後、写真事務所勤務などを経て、1995年独立し、主に人物や静物の広告写真を撮影。また、写真家としても活動し、国内や海外各地のギャラリーや写真専門誌で作品を多数発表している。
2006年より2010年の4年半に生活と活動の拠点としてマレーシアに移住し、マレーシアやシンガポールでの広告やエディトリアル分野の撮影を数多く行なう。現在は日本へ帰国し、東京を拠点として活動。2016年港区赤坂に写真スタジオPictures Studio赤坂をオープン。
http://mitsuosuzuki.com

INTERVIEW
&
MESSAGE

水谷充に聞く

写真家としてレコードジャケットについて思うこと
レコードは、音楽という著作物を頒布するために生まれたメディアです。当然、楽曲がメイン。しかしその顔であるパッケージは、とても大きな役割を担っています。中味のイメージをより良く伝え、消費者の購買意欲を掘り起こしたりもする。ショップで目立つことも大事。写真家は縁の下で支える役割です。通常、表1に名前が出ることはありません。しかし、素晴らしいジャケットに出会うと、誰が制作したのかをちゃんと見たりしませんか? 僕自身がそうしてきたように、音楽ファンの誰もがそうするのではないですか?そしてファンの手元で永遠に存在し続けるわけですから、制作者としては油断ならない楽しさ爆発の仕事だと思います。
影響を受けたアルバムジャケット写真に関する個人的なエピソード。
助手時代はまだお金がなくて、JAZZ喫茶が音楽の師匠でした。仕事の狭間、珈琲一杯で何時間も聴いていましたね。壁にジャケットがずらっとディスプレイされていました。グッと骨太なデザインが特徴のブルーノート・レーベル。叙情的なECMレーベル。それぞれプロデューサーの音づくりにもレーベル共通の印象が反映されている。チーム仕事なんだなぁ~と常々感じていました。おいおい写真家の役どころは表看板みたいなもんじゃないか! 人物あり、風景あり、モノあり。僕がなんでも美味しそうに撮影するフォトグラファーになったのは、レコジャケへの憧れが起源かもしれない。
ROCK YOUの楽しみ方(制作し参加する人へのアドバイス)
仮想であるがゆえに、ぜひ徹底してやってみて欲しい。たとえば自分の好きな音楽ジャンルをイメージしてみる。たとえば本や広告から好きなグラフィックデザインの傾向をイメージしてみる。ひとりで何役もこなして、レコードジャケットに挑む。どんなパッケージが美しいだろう。どんなジャケットが売り場で人の目を引くだろう。そうした写真家とは少々異なる視点を自分の中に併せ持って制作する。思いっきり遊んでみてよ。楽しさ爆発だよ。そしてその経験は撮影者としての自分自身の良い影響を及ぼすと僕は思います。

安達ロベルトに聞く

写真家としてレコードジャケットについて思うこと
いかにして楽曲に視覚的なインパクトを持たせるかは、いつの時代も制作者にとって非常に大切なイシューでした。MTV以前の60〜70年代、レコードジャケットには、今でいうYouTubeのPVのような存在意義がありました。だからその時代のジャケットへの熱の入れようは半端なかったですね。
時代がぐるっと回って、レコードがヴァイナル、プレーヤーがターンテーブルと呼ばれるようになってアナログ回帰が進むいま、再びレコードジャケットで遊べるようになったことをうれしく思ってます。
影響を受けたアルバムジャケット写真に関する個人的なエピソード。
ピアソラの「Tango Zero Hour」、武満徹の「ジェモー」、ジョン・レノン「Imagine」など、ミュージシャン本人のポートレートのジャケット写真が好きでした。 でもそれは、写真家の視点ではなく、手に取って眺めては「こういう写真写りのミュージシャンになりたいなあ」とため息をつく、ミュージシャン視点だったのでした(そのころは写真をやってなかったのです)。余談ですが妹がグラフィックデザイナーで、ときどきCDジャケットのデザインもしていて、身内ながら毎度上手いなあと思っていました。
ROCK YOUの楽しみ方(制作し参加する人へのアドバイス)
画だけで映える写真もあれば、ジャケットなどにして文字が入るとぐっと映える写真もあります。もしかするとあなたの写真にもまだ知らない可能性があるかもですよ。

大和田良に聞く

写真家としてレコードジャケットについて思うこと
写真家としては、音をどのようにイメージしたのかがもちろん気になるところです。また、比率は置いておくとしてもジャケットのサイズは写真を見せるということにとっても良い大きさではないでしょうか。かたちやサイズにある程度の規定があることは、むしろそこから自由な発想が生まれやすいように思います。
影響を受けたアルバムジャケット写真に関する個人的なエピソード。
写真学生だった頃、ジャケットのアートワークは写真集と同様に、自分にとって写真の教科書であったと思います。ですから、影響を受けるほどの仕事を見ると、尊敬と同時に嫉妬のようなものがありました。課題作にも選んだMassive Attackをはじめ、様々なジャケットを手がけていたニック・ナイトの写真もそのひとつでした。
ROCK YOUの楽しみ方(制作し参加する人へのアドバイス)
一枚のプリントと違い、レコードジャケットは薄いながらも立体物であるため、モノとしての厚みと重みが感じられます。表裏を使うこともできますし、文字を載せることもできる。あるいは、極限までシンプルに写真だけを見せるという選択肢もあるでしょう。新しい自分の写真の見せ方を、是非発見してみて欲しいと思います。

育緒に聞く

写真家としてレコードジャケットについて思うこと
アルバムに収録されている音楽をミュージシャン自身が世の中にどうアプローチしたいのか、というエネルギーの流れに寄り添うケースが多い気がする。そのアルバムをどういう角度から聞くべきか、という大雑把なガイドラインにはなっていると思う。怒りを発散させたいのか、恋する自分へのBGMなのか、踊りたいのか、泣きたいのか、ミュージシャンの才能に圧倒されたいのか、歌謡曲なのか、演歌なのか、ジャケットを見て選ぶと外れることはあまりない気がする。そこがすごい。
影響を受けたアルバムジャケット写真に関する個人的なエピソード。
不思議なことに、引き寄せられたアルバム写真の全てに共通項がある。どれも人間を撮ったものなんだけれど、演奏しているミュージシャン本人の肖像ではない。
ROCK YOUの楽しみ方(制作し参加する人へのアドバイス)
1つのアルバムに対する思いや解釈が、こんなにも多くの想像バリエーションを生むのか!という驚きは、自分が参加して初めてリアルな感触になると思う。中に入って来てほしい。